海の近くに住んでいます。 ビーサンをはいた生活のつれづれを更新していきます。
みんなの車はブレーキが効く?
2月6日 小雪舞う中

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アクトの展示ホールでおこなわれていた「浜松輸入車商談会」に行ってきました。

この不景気とエコのおかげで風当たりが強くなってしまった外車たち。しかし、まじまじと見るとそのデザインはそれぞれ個性的で目を見張るものもいっぱいあった。

車に何を求めるのか?

会社に行くため、買い物に行くため、車は本当に生活必需品なのか?

そんなことを考えさせられた展示会であった。

帰りにこんな張り紙を見た。

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ASIA SUNRAISE
1月31日 しとしと

今夜はASIA SUNRISEのライブだった。ここ数年、浜松に彼がくると追っかけのように、見に行っていた。

今宵は家の音源で我慢。昨晩からロフトにある「パンダオフィス」(引っ越しのサカイの段ボールでできた机があるため)にこもりっきりであった。外の空気を吸っていない。

ようやく解放されたいま、ステレオでASIA SUNRAISEを聴く。心に染みいる歌声。やっぱり生で見たかった。

DVDを引っ提げてやってくる夏を待ちましょう。今年は下北(ASIAさんホーム)で見たい。夏まで我慢できないので、行ってしまおうか。

パトロール
1月24日 休日

今日は誰とも会わないでのんびり過ごす。久しぶりに少し期待しつつ海へひとりで散歩。

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できてますね。1号基(通称:高島前)。ここは昨年、隠れたポイントだったのに。結構岸から近くに作ってます。

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今日もご苦労様。

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旧カメ小屋はご覧の通り、手前がえぐられもうすぐ崩れていくでしょう。私はここのえぐられた砂が浜を広くしているだけだと思ってます。(昨日は養浜の砂が流れてきている。=予定通りと言っていた)

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これも昨日話題になった、市製堆砂垣。単なる砂の山を造っただけですね。いいことしたつもりでしょうが、これが砂丘の低地化に拍車をかけてしまう可能性があります。砂は飛ぶものなのです。無理に止めるのは自然ではないのです。(民製堆砂垣とはその工法、考え、目的が全く違います)

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見えるんです、南アルプス(たぶん)。海から白く雪化粧の山がきれいでした。





遠州灘シンポジウム
1月23日 夕焼け雲がきれいだった日

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報告されたのはざっと下記のようなこと。

・ダムによって河道が安定し、河原に植生帯ができた。そこには海に流れ出るはずの砂が留まっている。
・河口テラスが小さくなって東に移動している。
・50万m3の土砂供給が必要で、ダムから運搬すると年間50億円が必要。
・中田島あたりでは侵食、今切れ口東側は堆積している。
・第3離岸堤あたりは砂がたまって浅くなってきている。→養浜の成果か。
・養浜の影響で砂浜に礫(小石)が多くなってきている。
・礫は砂を流出させない効果がある。
・今切れ口の導流堤は少なからず、浜名湖ないの環境に影響を与えている→海岸のことだけを考えていていいのだろうか

今回建設的だったのは、座長である豊橋技術科学大学の青木伸一教授がその挨拶で

「どんな海岸にしていくのか、それは地域住民が決めること。できれば最終的にはそこの話までまとめたい」

と言っていたことだ。

今回のシンポジウムもそうだし、土木事務所でやるのも然り、いわゆる研究、現状の発表会である。聞きに来た一般の人間からは「だから?」と言いたくなる。事実、今回も「私たちはどうなる?海はどうなる?どうするの?」という質問が出ていた。答えようがないでしょう。「どうしたいか」という課題がここには無いからだ。この「どうしたいか」こそ私たちそこに住んでいる人、好きな人、関係する人がまとめなければいけないのではないか。


先の質問したかたに討論会のナビゲーター宇多先生に「どうしたいの?」と聞かれたら「昔のようになってくれればいい」と答えていた。

本当にそうだ。でもいつの頃に戻ればいい?

取おじさんの知っている「昔」に戻したくても、取り巻く環境が変わってしまった。今のこれからの遠州の海を考えていかなければならない。残念ながら、「自然のままに」とは言っていられなくなったのだ。

だから、前向きに状況を考えてこの遠州の海を考えなければならない。防災も観光も景観も海岸利用もいろいろな角度から考えて、遠州の海の姿をデザインしなければならないのではないだろうか。

会の後、宇多先生と少し話す機会があった。熱心にここの事を考えてくれている。青木先生も然り。私たち市民がどうしたのか?それについては彼らも専門家の立場からアドバイスをもらえるだろう。

すべては私たちに懸かっている。

お年玉
1月9〜11日

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銀座和光で開かれている「現代の書 新春展」を見に行ってきた。その中でこころ奪われたのはこの作品

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決して太い線ではないのだが、まさに天と地の動きを想像させる。「書」というとすぐに、勢い、力強さを言われる。当然そこには、太くて勢いのあるかすれをイメージされるのだが、「書」が表現している線はもっと様々だ。いいものを見せてもらった。

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こちらは例年のごとく初詣。しっかりと祈祷を受けてきました。

それから、甥っ子のサッカーの試合を見に行く。ここ数年、波乗りをしにくる海なし県のあの子である。
いつも間にかかFWのレギュラーを獲得。体格もいいせいか、ピッチにいる彼は頼もしく見えた。以前に比べ自分の気持ちがでたサッカーをしていた。2試合見たのだが、残念ながらゴールシーンは見られなかったものの、子供の成長ぶりにびっくり。

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気持ちのいい日の光の中で散歩もしたし、

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こいつも連れて行った。2泊3日、約650km の移動。いつもと違う環境。子供たちの攻撃。
お疲れ様でした。初めてあう子にも動じず、予想以上にいつも通りでこちらがびっくり。でも、やっぱり疲れたんですね、家に帰ってきてひとしきり飛び回った後はぐったり。無理させてごめんなさい。

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いろんな思いをもらった3日間でした。

初乗り
1月4日 抜ける青空

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年末にちょっと壊れたチョイノリを修理。そのまま波チェック。

思ったより風は無いが、思ったとおり波も無い。5人ほどが入っているが「波乗り」という状況ではない。しかし、堤防の上で見ていると、ぽかぽかと日のひかりが暖かい。

お清めのつもりで海に入る。

思ったように波が無い。「今日も髪が濡れないかも」と思っているところに2010年初のうねり(スネ)。何とかテイクオフするが、力ない波にどうすることも出来ずに岸まで板の上にいた。

そんな波も数少なく、時間をもてあましたのでテトラアウトまでパドリング。ここのラインでの波乗りはしばらくしていない。

水の青さが気持ちがいいので、ボードの上に立って飛び込み。頭から水をかぶる気持ちよさ。そのまま仰向けになって海面に浮かぶ。

全身を包む水は冷たく気持ちがいい。海面から見る空は抜けるような青。しばし漂い冷たさと青を楽しむ。

また、パドルしてインサイドまで戻るが相変わらず波は無い。まばらにいたサーファーも消え、私ひとりの貸切状態。

最後は、風波スープに乗って終了。

2010年の初乗りは、青を楽しませてもらいました。
リセット
1月3日 小雪舞う秋葉山

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画像は秋葉山の山門。

今年の初詣は春野にある秋葉山にいって参りました。例年ですと埼玉の高麗神社へ行くのですが、それは来週に行きますが、三が日に行かないと落ち着かなかったので、ここ数日の不摂生を帳消しにしようと秋葉山へ下から登ることになしました。

久しぶりの山行き。最初の登りからやられてしまいました。必要以上に汗をかき、口も動かない。心臓だけがバクバクしゃべり、ちょっと貧血気味になる。本当に汗をかいた。気持ち悪いぐらいにかいた。しかし、半ばまで来ると大分からだが動き出す。

どうやら、体に溜まっていた悪いものが出きったのであろう。同時に体も気持ちも軽くなる。

そんな私を迎えてくれたのは、雪であった。

元旦に降った雪が残っていたのと、山頂近くなると小雪が舞い出したのだ。そして鋭いまでの寒さ。身を切る寒さだった。

初日の出の時といい、今までには体験しなかったことに新年の始まりだ。今年は何か違った一年になるだろう。

身も心もクリアーになって、眺める景色には遠くに輝いた海があった。

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恭賀新年
1月1日 小雪舞う元旦

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2010年の初日の出。

今年は、風が吹き、冷込んだせいか雪が舞う初日の出となった。ここ15年ほどの中では一番の寒さだった。

初日の出は、水平線には雲があったため海から出てくることはなかったが、雲の間から、その予告のような光の変化を楽しめた。今年は変わった年になるのか?

朝のんびりしていたら、先輩(大学時代=この正月浜松に宿を取って遊びに来ている)からメールがあり、「大倉戸をチェックするがそちらはどう?」とメールが入った。「この風と冷え込みで雪です。私には入る勇気がありません」という軟弱なメールを送る。

その後返信がないので電話をするが留守電。10時に「こっちはいつもこんなに寒いの?ドルフィンしたら頭にキーンときた」という電話。脱帽です。

昼食を我が家で一緒に食べることにした。チーム高橋(妻、中2男、小六女、5歳男の五人家族のこと)とのお節料理。たっぷり3時間、語らいました。

準備には慌てましたが、新年早々の来客で楽しい元旦でした。

これから二人の元旦。今日はまだお酒を飲んでいません。こんなのも珍しい。いつもと違う元旦です。
ありがとう
12月31日 最後の日は冷込んだ。

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2009年最後の日、朝から冷込むと同時に風も入ってすっかり大掃除モード。

夕方、最後の夕日を見に行く。

何はともあれ2009年が終わろうとしている。雲に隠れた夕日だが、雲の陰から見えるそれは赤々と溶けるように沈んでいった。

ありがとう。すべての人に感謝します。

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暗くなってきて帰るために振返ると、そこにはきれいな満月がいた。

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太陽の反対には月がある。この月は、2009年最後の夜、同時に2010年の最初の日にも導いてくれる。すべては繋がっているのだ。
最後のプレゼント
12月30日 風なし、面ツル、波なし

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うす曇りながら風がない。フラットかスネかという海に30人ほどはいっていた。家に帰って用事を済ませ、10時半頃海へ。

ボディボーダーのヒロさんが上がってきていた。「波なくなりました。」確かに先程よりもっとフラット。

それでも、今年最後のエントリー。

大潮、干潮、透き通るような水を歩いてエントリー。「もしかして今日は髪が濡れることはないかも知れない」と思うほど、波がない。ここ数年頑張っている、後輩のI君と並ぶ。先輩から受け継いだ長い板で、小さなうねりからテイクオフをしていた。

「波がないね」なんていいながらゆっくりと過ごす海の上。本当に水がきれいで、波待ちしているポイントでも海底が見られる。

気まぐれのように入ってくるセットはヒザ。それも追ってインサイドでテイクオフ、という状態。でも2009年の最後にこんな穏やかな海にいられることを喜んでいた。

だいぶ人が減ってきたし、そろそろ上がらないと家に帰るのが怖い(大掃除をすっぽかしてきたため)ので最後にと思い、反対側にいたTさんの所までパドリングしてご挨拶。

すると、突然うねりが入ってくる。立て続けに3本ほど気持ち良く乗ることができた。

でも、それまで。そのブレイクに気を良くしてしまった二人は、そのままひたすら待ちになってしまった。2009年の最後が屈辱のパドルになるわけには行かない、きっちりと波に乗って上がりたい。

そう思えば、思うほど波は来ず慌てる二人。

「あそこで上がれば良かった」「きっとあれが最後のプレゼントだったかも」といいながら波を待つ。

でも、この12月30日に風もなく、面もきれいで寒くもない海。そして入っていられること自体が最高のプレゼントなのかもしれない。

最後は小さなうねりを何とか捕まえて、岸までゆったりライド。

これにて2009年の波乗りは終了。(きっと)

今年は波乗りの回数、145回。

今年一年、遊ばせてもらったここホームに、海に感謝。ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
締めくくりは夕波か?
12月27日 沈む太陽とともに

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風もない穏やかな一日。調子に乗って16:30から海へ。

ちょうど太陽が沈んでいく時間に海にいることができた。久しぶりの夕日は、赤々と燃えながらきれいに水平線に消えたいった。

波はスネ波。じゃれただけだが1時間ほど。真っ暗になった海を後にする。

こんな時期に、こんな穏やかな日。ちょっとしたお天道さまからのプレゼントか。
水が透き通る青さ
12月27日 ウェットの下は汗

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昨晩は忘年会。みなさまお疲れさまでした。来年もよろしくお願いいたします。

さて、今日の海。風がなく穏やか。(画像は2時頃ですが)太陽が出ているとちょっと汗ばむような暖かさ。波はそこそこだけど気持ちの良い海だった。

久しぶりにエントリーしていくと、師匠をはじめ伝説の男、Hさんが入っていた。みなが笑顔で気持ちいい。

恥ずかしながら、ここに今日のライディングがのっている。始めての自分の動画、反省以前の乗り方だ。(最後はカメラを意識して、T字バランスをしようと思ったが何もできなかった中途半端な姿が映っている=言い訳)師匠、ありがとうございます。サンタさんからの遅いプレゼントようです。

そんな楽しい海であった。

今年もあと少し。締めくくりにはいい海であった。
「痛い」と思う気持ち
12月23日 穏やかな一日

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風がない朝を用事で外してしまって、ちょっと風が入り始めた海へ行く。

今日は暖かくいい日になった。しかし、波はない。風波が割れている程度。ホームに二人ほど入っていたが、無理矢理追っていっても波には乗れていなかった。

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この冬も黒船がやってきた。離岸堤(テトラ)最後の3基目の設置のためだ。場所は新しいカメの孵化小屋の正面。ここにもブレイクはあった。私はここに入ることはなかったが、今年混雑したこの界隈でも比較的ゆったりと波乗りができた場所だ。

また、一つポイントがなくなった。

日を改めて書きたいと思っているが、テトラのおかげで今年はいい波に恵まれた。そして来年には、全日本の大会がおこなわれるらしい。そのぐらい、いい波がコンスタントにでるようになったと言うことだろう。

僕はそんなことを喜ばない。今年は僕もその波に楽しませてはもらった。しかし、以前もここでは波乗りができた。最高の波ではないにしろ、楽しくできた。それでよかった。気持ちよく開けた海の景色、その中にいられた。最高の波よりロケーションが好きだった。

好きな景色が人為的に変わる。大好きなものを傷つけられる気持ち。いい波の気持ちよさより、そっちの痛さを大事に思いたい。

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BUSTIN' DOWN THE MY HOUSE
12月13日 ネコと二人の夜

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妻のいない日曜の夜。ネコと二人でのんびり過ごす。

と言っても我がネコはずっと寝たまま。一人で昨日の鍋ののこりをパワーアップして、一人用鍋をつつく。そんな夜には、先日ご近所さんから借りた「BUSTIN' DOWN THE DOOR」。何度見てもいい。(ご近所様、いつもありがとうございます。もうすぐお返しします)

サーフセッションには、突然、ロコも参戦。さすが、ロコボーイのロコ。

この後、壁に向かって飛びついていました。
今年の最後の夕波か?
12月13日 どんより

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昼はこんな感じだったのに、3時の波チェックではこんな感じに

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一瞬躊躇したが、風もあまりないので入る。

砂浜に降りていくと師匠が上がってきた。最近の秘密兵器を見せてもらう。

残念ながら、波はピークは定まらない、その場で崩れて終わりのような波。入っていくと、ブラジリアン・ボーダー、伝説の男がいた。

よれて入ってくるピークに合わせてテイクオフ、飛び出すように乗り込む。そのあとは厚めのスープライディング。粘って岸近くまで行く。

なんとかやれる波だがそんなには楽しくはない。

妻と子を待たせている伝説の男、寒いというブラジリアンが上がった後もしばらく頑張るが、状況は変わらず。

明日から冷込むらしい。今年の波乗りも数えるのみか。