海の近くに住んでいます。 ビーサンをはいた生活のつれづれを更新していきます。
幸きたる
5月5日 こどもの日

浜松まつりも最終日。朝から快晴、風も気持ちよく吹いている。

おかげで、海はどうしようもない状態。諦めて、庭いじり。昼から、友人達もやってきた。部屋で飲み始めたときにやってきた。

とてつもない音で窓の外を見ると、凧がベランダの向こうにあった。冗談でお隣さんと「いい風向きですね」なんていっていたら本当にやってきた。

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幸いにも家のまえにあるアンテナに凧が落ちてきて、突き刺さっていたのである。

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外に出てみると、走ってくる法被衆と近所の調査員のおじさん。みんな慣れたものである。一通りのことを聞かれ、後はそれなりに対処してくれるそうだ。

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今年は当たり年、外で喋ってる間に近所にも4枚ほど落ちてきてあたりは騒然。しかし、我が家は他とは違う。だって「幸」なのである。

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アンテナは折れてしまったが、まぁ、祭りだし。ということで
凧揚げのまちの休日
5月3日(水) 雨のち晴れ

午前中の雨も上がったので散歩に出掛ける。

我が家は浜松まつりの昼の部、凧揚げの会場があるまちにある。いつも海へ通う道がそのまま凧揚げ会場につながる道になる。

ぷらぷらと出掛けると、ご近所さんに会う。
「面はきれいだけど」
こんな会話をするのは我々だけだろう。

今日の会場は人が少なくすっきりとした感じ。朝の雨のせいで観光客も少ない。もっと少ないのは法被衆。とくに若い世代が少ない。いつもなら怖いぐらいにいるのに。今年の初凧は昨年の中止もあって、5割増しの数と聞いている。凧揚げのまつりなのに、実際には凧を揚げる人たちは一部の人で今日はその人たちと初の関係者だけがいるようなものでしょう。

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その足で当然波チェック。言われたとおり、きれいなカタチのうねりが入ってきている。しかし、遙かアウトでも割れている。テトララインではコンスタントに頭オーバー、たまに狂ったようなダンパー。明日の朝まで待ちでしょう。

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家に向かう途中、近所の定食屋の店先でいなせなおじさんに声をかけられ、そのままごちそうになる。明日の昼ご飯も約束された。

家の庭先では、孫と散歩中の顔見知りと話し込む。そこへ昔近所だった若者が通りかかる。なんともうすぐ子供が生まれるらしい。そこへ、中田島公園の売店が半額で食べ物を売っているという情報。夕飯のおかずも確保。

そうもすれば夕方。

なにもしていない1日であった。

おっと、新しい海への移動手段を確保したのは今日だった。

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ポピーと波 005
4月30日(月) 6:00〜8:00

今日もノーチェックで海へ。

昨日より波が無くなっている。しかし、すでに10人ほど入っている。ポイントブレイクの様になっているのでそれだけでも混雑を感じる。

なんか雰囲気になじめず、波の無いところで漂っているとご近所さんが入ってきた・

「あっちのほうが良さそうですよ」

インサイド気味ではあるが、3人ほどで波に乗っている。一度上がって一緒にそちらまで歩く。

前のポイントに比べれば波がある。しっかりとれれば、しっかりと張ったショルダーを楽しめる。
しかし、もう波が無くなったと思うほどのインターバルもある。

サイズアップを期待しながらひたすらの波待ちとなった。

今日は静かなくもりである。

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写真は昨日、サイクリングの途中で見付けたポピー畑。似合わず、ポピーが好きなのだ。
休みの朝 004
4月29日(日) 6:00〜8:00

すっかり日が早くなっている。5時半に起きたときはもう青空。

浜松まつりのせいで駐車場は出入りが出来なくなっているのに、既に30人ほど入っている。静かな海はたまにモモ程度の波が入ってくる。

悩んだ挙げ句に、西にずらしてはいる。

穏やかなのだけが取り柄。追って追ってテイクオフ。それでも小さいがきれいな面であった。

長居しても状況は変わりそうなかったので切りのいいところで上がる。

休みのらしい朝である。
豊川にて
4月23日 雨あがる

豊川でプレゼンテーション。
そのまま豊川に宿をとって夜のまちにです。

おきつねさまのまちは魅力的であった。

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いなり支店。すばらしい、決定した責任者に乾杯!
『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 〜感度サイコー!!!〜』
4月22日 冷たい雨の夜

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アースデイはままつが雨で中止。今日は一日、家の中に籠もっていた。

そんな夜に、わざわざ映画を観に行く。「『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 〜感度サイコー!!!〜』

映画というよりもフィルムコンサートのようなもの。思っていたより面白かった。音楽はワクワクさせてくれる、そんなことを感じさせてくれる。

さぁ、明日もロックだぜ! yeah!babe!
ホームにて。 003
4/15 sun. 6:00-7:30

その季節がやってきたのか?朝一の海へ行く。
朝から我が家の猫に狂ったように起こされた。爪を立てて、頭、顔、耳、挙げ句の果てには首の頸動脈辺りに冷んやりとした感覚が。お前は仕事人か?

ということで海へ行く。

ほとんどフラット、一人入っていたがしばらくするといなくなった。朝から貸切になった。


相変わらず、身体が動かない。ダメダメサーフを微かな波相手に披露。それでも何とかカタチにして安心していると、急にショートの一団が入ってきた。

あがると、ご近所さんと入れ違い。久しぶりに声をかわす。

長い冬がようやく終わった。心も身体も軽くしていきます。
FSCの家
4/14 sat. 山は変化に富んでいる

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世界で初めての「FSCの家」の完成見学会に行く。

「FSC」とは?「Forest Stewardship Council=森林管理協議会」、本部はドイツにある森林の認証機関のことを言います。だが、一般に「FSC」はその認証制度のことを指したいい方をしています。その認証制度は、違法伐採を無くし、山が健全に保たれるための仕組みのためのものです。

従って、「FSC」のマークが付いているものはそのことに貢献しているモノやコトであり、それらのマークの付いた商品を購入することは、その購入者も貢献していることになるのである。

今回の「FSCの家」は、ここ浜松の木材(浜松の山はFSCの認証を受けています)を使って建てた家です。何せ、初めてなので「FSCの家」と言うための基準作りから手探りの状態だったらしいです。結局のところ、家に使われている木質系のもの(柱や壁の下地板など見えないところから目に見えるドアや建具など)のすべてをFSC木材を使うことが基準になり、それをクリアした家です。これから日本で「FSCの家」と呼ばれる基準のすべてがここにあることになります。
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私も昨年来からこの「FSC」に違う角度から関わることになり、山の環境(林業や過疎、高齢化など)の厳しさを痛切に感じてきました。まずは、この「FSC」という言葉とその理念を一般化することが大切に感じます。この「FSCの家」の完成はひとつのカタチでありますが、まだまだこれからです。今年度もどっぷりと「FSC」に漬かります。

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こんなところ(といれの幅木)まで「FSC」の木材

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でも、単純に無垢の杉板のゆかは暖かくて柔らかく気持ちがいい。

素人サーファー参上
4/14 sat 15:30〜17:00 春の雨

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久しぶりに海へ行く。こんなに間があいたのは初めての経験。

波は小波、チェック時より面が悪くなっていて2名ほど入水。

全くの素人に戻っていた。パドルは遅いし、息も上がる。テイクオフもままならず、波に置いてかれたり、パーリングしたり。板が滑り出しても立つのもおぼつかない。

悪戦苦闘の1時間半。最後にはなんとかカタチを作ることが出来たが、すっかりやられた感じ。

さぁ、私もシーズンがスタート。半年ぶりに波乗りモードに戻していこう。
バックパックな気分で。
3月2日



早朝の飛行機で旭川へ。着陸前に見た景色は白の世界。



山歩きでもなく、海外でもないのに80ℓのザックを背負って旭川の地へ立った。その足で、旭山動物園にペンギンの散歩を見に行く。ペンギンの狩に行く習性を利用したものだが、周りの人間たちは大騒ぎ。



ここには、動物の生体環境のことが勉強できそうな場所だったがあまりにも冷たくなってきたので撤収。単に観光で終わってしまった。



ローカルバスで旭川の駅に。観光インフォメーションで聞きつけた、旭川ラーメンの老舗「梅」へ。うまかった、真っ直ぐな感じで好印象なラーメンでした。



今度は2両編成の富良野線で美瑛まで。ほとんどバックパックの旅のようだ。



夕方に美瑛着。これからのお世話になる人がやっているカフェ「茶花」へ街中を歩いていく。
旅はここから
3月1日

横浜でやっている2012国際ボートショーへ視察に行き、そのまま蒲田に宿をとった。明日の朝、一番の飛行機で旭川へ向かうためだ。

月曜日には帰ってくるという短い時間だが、久しぶりの旅である。寒い時に寒いところへ行く。我ながらなかなか思いきったものだ。しかし、「白銀と抜ける青」を見たくて美瑛まで行くことにしたのだ。

さて、蒲田の宿にチェックイン、旅の同伴者はまだ浜松で格闘しているので一人で街に出る。蒲田という街は全くの始めて、どこに何があるのかさっぱり分からない。嗅覚だけで歩くとガード下にずらっと並ぶ飲屋街を発見。



こんな店構えを発見!
迷いながら駅までいくとどんどん普通の店になって行く。
2回ほど、店の前をスルーして意を決っして暖簾をくぐる。
カウンター5席と多分荷物おきになってしまいそうな小さなテーブルが二つ。



壁や天井には、おなじみのビジュアルがビッシリ。ただ、カートコヴァーンは受け狙いらしい。

ここまでくるとあとは予定調和されたお決まりの流れ。音楽はどこも共通語なのである。
そして、常連が二人。驚いたことに音楽のことは分からないらしい。そこからは、私が肴で盛り上がる。

少しの勇気が、ちょっとした冒険を生む。

同伴者がやってきたので、「浜松にきた時には、」とみなと堅い握手をして店を出た。すっかり夜中の時間あった。
ASIA SUNRAISE
2月4日 浜松の夜は冷えた。でも熱く

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東京からとんぼ返りで、ASIA SUNRISEのライブへ。

ナイーブな世界観に共感。壊れそうな感じをいつも感じる。

前座のチャンティが見られなくて残念。でも、いつものような人たちが集まって、暖かい気持ちになった。

今夜の教え:やっぱり男はバカにならないと。



静岡のNGO・フェアトレードは今
1月28日 14:00〜18:00

静岡文化芸術大学のとある教室でおこなわれた報告会を聞いてきた。

「国際協力」についてはすっかり門外漢の私ではあるが、その思いを知ることができた。活動の報告をされる方もこの場に集まっている方々もみな、何かしら思いをもっている。

ここ浜松では何かしら社会課題のために活動している団体が日の目を浴びることが少ない。それについては様々な課題があると思うが、そういう団体や活動がしっかりと市民の理解されるところにいなければならないと思う。また、日常の姿として様々なところで目にされなければならないと思う。

ソーシャル●●●などのような言葉が一種流行のように使われるが、これが当たり前になる社会が幸せな社会ではないだろうか?

企業は必ずどこかで社会のためになっている。そのことが先に来た企業経営が行われるならば、自然と社会的課題は解決されていくと思う。

話はすっかりそれてしまったが、昨日、あの会場から今後何かが生まれてくる予感がした。ちょっと楽しみである。

個人的には、会場のある方の発言に感化された。

「東京なんかを見ているのではなくてもっと世界を見なければいけない。いいサンプルはたくさんある。そのためには、英語力が必要です。」

その通り、耳の痛い言葉にもなった。


生かされている
1月22日 11:00〜12:00 001

2012年初めての波乗り。

冬ならではのきれいな水。冬らしからぬサイズ。日もはいって温かい。水も温かく、歓迎してくれているかのようであった。

しかし、厚めの波になかなかパドルが追いつかない。2ヶ月ぶりの現実を教えてくれる。

心なしかサイズアップしてきている。盛り上がってくる波は肩サイズ。ようやく乗れた波はレギュラーに続く。岸までしっかりと乗り切ることができた。今年も波乗りはできそうだ。

いったん上がって、ツル東へリエントリー。

海に来たときにきれいなカタチのグーフィーが出ていて、師匠とご近所さんが入っていたところだ。

既にパドルで息が上がっていたので休み休みアウトまで出る。すぐさま入ってきたうねりに二人ともきれいに乗っていってしまった。

パドルが遅いせいで、うねりに乗り遅れたり、ぎりぎりでテイクオフしたり、悪戦苦闘。グーフィーにきれいなうねりが続く波は見ることができた。

体力が続かなかったのであきらめて上がるが、堤防から海を振り返ると、幾重もゆうに頭オーバーのうねりが入ってきて半ばクローズのような状態に変化していた。

最初から、ハードな海に入ったものだ。


Sun Set
1月9日 はじめて海へ

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2012年に入ってまだ、海を見ていなかった。

冷たい風の中、夕日を見るため海へ行く。
水平線に雲が張っていて残念ながら、きれいな夕日とはいかなかった。しかし、沈んでいく太陽が逃げ遅れた雲を浮かび上がらせて、珍しい日の入りの様子を見させてもらった。

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沈んだあとから、青空がひがしに向かって赤くなっていく様はきていても美しい。